都内某所で開催される陸上部の試合に出場するため、部員と付き添いのコーチ陣が電車に乗り、現地に向かっていた。
“腸内細菌”って結局のところ何?
一条:
先生、腸内細菌って結局何なのですか?
(一条は電車の中に吊り下げられた食品メーカの広告チラシを見ながら言った)
湯川先生:
腸内にいる細菌。
一条:
先生!!
湯川先生:
ごめん、ごめん。
そうだね。腸内細菌はビフィズス菌や乳酸菌が有名だけど、腸内には約1000種類、100兆個も生息していると言われている。
一条:
そんなに、いるんですか。
(大きく開いた口元を手で抑えながら言った)
善玉菌、悪玉菌とかっていうのは聞いたことがあったんですけど・・・
湯川先生:
他にも日和見菌といって、その時の腸内環境の状況によって善玉菌の味方をしたり、悪玉菌の味方をしたりする。
一条:
なんだか、小早川秀秋みたいなやつらですね。
(どうやら一条は戦国時代の関ヶ原の戦いで西軍から東軍に寝返った小早川秀秋を連想したようだ)
卑怯ですね。そんなやつらに負けずに善玉菌に頑張ってもらいたいです。
(多少声が大きかったため、近くにいた中年男性が一条を睨むように視線を送った)
湯川先生:
う・・・ん、そうも問屋が下ろしてくれない。
(湯川も一条の発言につられてやや古めかしい表現を使った)
腸内の細菌は善玉菌:悪玉菌:日和見菌=2:1:7になっていて、日和見菌が多数を占めているんだよ
一条:
えっ、そんなにー。日和見菌様の言いなりじゃないですか。
(なぜか様がつくようになった)
湯川先生:
まぁ、さっきも言ったように、日和見菌は悪玉菌と善玉菌のバランスによって決まるから、結局は悪玉菌が増えることのないような状況にすればいい。
一条:
悪玉菌が力を持ち始めると、日和見菌様の多勢が悪玉菌に一気に味方してしまう。あー怖い。
(湯川の言葉はあまり耳に入っていないかのように独りぶつぶつと呟いた)
一条:
悪玉菌様が増えると、どうなってしまうんですか?
(何故か、悪玉菌にも様がついたようだ)
湯川先生:
そうだね、腸内細菌というのは病原体の侵入を防いだり、免疫力を高めたり、俗に言う幸せホルモンと呼ばれるセロトニン(実際はホルモンではなく神経伝達物質)を合成しているのだけど、それらの働きがすべて阻害され始める。
一条:
えっ、えーーー、菌まみれになって、不幸せになるってことですか!?
(再び声が大きくなってしまい、隣の中年男性がまた睨みをきかせた。一条もその視線にようやく気づき、軽く会釈した)
湯川先生:
なんだか違うような気もするけど、そうでないとも言えないかもね。
(湯川は苦笑いしながら言った)
一条:
先生、笑ってる場合じゃないですよ。そのような戦況にならないためにはどうしたらいいのですか?ビフィズス菌って善玉ですよね?ビフィズス菌をとりまくればいいですか?
(必要以上に小声で言った)
善玉菌は食べても無駄!?
湯川先生:
善玉菌を増やそうとする試みはとっても素敵な事だね。一条君はプロバイオティクス、プレバイオティクスって言葉を聞いたことがあるかい?
一条:
なんだか聞いたことあるような、ないような・・・。
湯川先生:
プロバイオティクスというのは一条くんが先ほど言ったように善玉菌を食べ物や飲み物で摂取することで、プレバイオティクスというのは、善玉が繁殖しやすい環境を整えてあげることを言うんだよ。
一条:
善玉菌様はとるとしっかりと育ってくれるんですね。
(これで全てに様がついた)
湯川先生:
いや、育たない。
一条:
えっ、育たない!?どうして、それじゃ、摂取しても無駄じゃないですか。
(湯川は一条の感情の緩急を見ていて楽しくなった)
湯川先生:
善玉菌は摂取しても腸内に定着はせずにそのまま便と一緒に流される。そもそも腸内の細菌の寿命は非常に短くて3、4日で入れ替わってしまう。
一条:
便と一緒に流されるんですか?それじゃ、完全な机上の空論と化してるじゃないですか!
(少し声が大きくなっていたので、語尾は声量を抑えめに言った)
湯川先生:
ううん、現実論だよ。摂取された善玉菌は便として体外に排出されるまでに、腸内で水溶性の食物繊維やオリゴ糖などを分解して、大量の酪酸、酢酸、プロピオン酸という短鎖脂肪酸を作ってくれる。
(湯川は淡々と答えた)
一条:
聞き慣れない言葉がいっぱいです。まず、食物繊維って種類があるんですか?それに短鎖脂肪酸?
(首を小刻みに左右に傾けながら言った)
湯川先生:
うん、食物繊維にも種類があるんだよ。大きく分けると水に溶けやすいものと、そうでないものに分けられる。さらに細かくみていくと、発酵しやすいものとそうでないものにも分けられる。
一条:
発酵・・・。
湯川先生:
発酵というのは細菌によって分解されるという意味だと考えればいい。この発酵という過程で出来上がるのが、酪酸、酢酸、プロピオン酸といった短鎖脂肪酸なんだよ。短鎖脂肪酸は腸内の環境を整えて(PHの調整)悪玉菌が増えるのを防いでくれたり、体内に吸収されてエネルギー源になったり,腸管での過度な炎症反応を抑制する役割を担っているんだよ。
一条:
なるほど、では。腸管に定着しないからといって、意味がない!ってわけではないんですね。
(目を大きくして言った)
湯川先生:
うん、そうだね。
プレバイオティクスには何がある?
一条:
あと、そのプレバイオティクスというのはどういった物のことを言うんですか?
湯川先生:
プレバイオティクスというのは水溶性食物繊維やオリゴ糖などで、水溶性食物繊維の代表例として、イヌリンが挙げられることが多い。
一条:
あらっ、可愛らしい名前。
(左右の手の掌を湯川に見せるように少し挙げて、おどけて見せた)
湯川先生:
イヌリンは先ほど話した食物繊維の中の水溶性かつ高発酵性の繊維に分類される。イヌリンは特にビフィズス菌によって分解されやすい。これが、分解されると・・・
月城:
短鎖脂肪酸が生まれる。
(先程まで一条の隣で本を黙々と読んでいた月城が答えた。読んでいた本のタイトルにはリーマン幾何学と書かれていた)
湯川先生:
そうだね。
月城:
要するにプレバイオティクスは善玉菌の餌ってことですね。
湯川先生:
そうそう。
一条:
今のは私も言おうとしたのに・・・。
(一条は悔しそうに、月城の方を見た。月城がごめんという表情を作った)
湯川先生:
(湯川は二人のやり取りが終わるのを見計らって)
それに、中国の研究グループは2016年1月までのイヌリンに関して信頼できる研究をメタ解析した結果、イヌリンは血中のコレステロール値(LDL値)の低下する事を発表している。(※1)
善玉菌の餌を増やすには?
一条:
善玉菌の餌を増やすにはどういった食材をとればいいんですか?
例えば、そのイヌリンとか。
湯川先生:
水溶性食物繊維は大麦、もち麦、納豆などに多く含まれているけれど、多くの食品は食物繊維の割合は不溶性食物繊維の割合がおおいので、水溶性食物繊維を効率的に摂取するのであれば、イヌリンなどは単体で売られていたりするので、そういったものを使って効率良く摂取するのもいいかもしれないね。
一条:
すごく効率的ですね!どのくらい摂取するのがいいんですか?
湯川先生:
うーん、なかなか何gだと断言するのが難しい。プレバイオティクスとして食物繊維を摂取する場合は1日20g位が目安なんだけど、オリゴ糖は10gくらいが目安かな・・・・。メーカーの推奨量に従って摂取するのが一番無難。ただ、オリゴ糖を急に摂取すると下痢を起こしたり、おなかが張ったりするから摂りすぎないようにはしないといけない。
月城:
プロバイオティクスも同じですか??明確な基準はなく、メーカーの推奨量を摂取する?
湯川先生:
うん、プロバイオティクスはさらに明確な摂取基準が決めるのは難しい。
目的の駅に着いたため、部員はぞろぞろと電車を降りた。改札へと向かう途中で一条が湯川に尋ねた。
一条:
先生、プレバイオティクス、プロバイオティクス以外に何か腸内細菌を劇的に変える方法はないんですか?
▶︎ 次回、腸内細菌を劇的に変える方法とは?
【 登場人物紹介 】
湯川先生:
精神科医、内科医。都内某所で開業。陸上部OB。医療、食事、運動、モチベーションに精通。
今年度から母校陸上部のコーチとして招聘。
月城萌絵(つきしろもえ):
都内随一の進学校、東都大学付属高等学校に通う高校2年生。 父、母ともに帝都大学を卒業。父は医師で湯川の上司でもある。
学業は非常に優秀。内向的な性格。一条に対してだけ心を開いている。 容姿端麗で近づいてくる男子は多いが見向きもしない。あだ名は「東都の鏡」。
一条蘭(いちじょうらん):
月城と同じ東都大学付属高等学校に通う高校2年生。
父は外務省勤務のキャリア官僚。 スポーツ万能。正義感が強く、誰に対しても物怖じしない。
敬語を使うのは非常に苦手。衝動的に動いてしまうこともちらほら。
将来の夢は外交官もしくは弁護士。あだ名は「東都の掟」。
【参考論文】
※1
F Liu , M Prabhakar , J Ju , H Long , H-W Zhou .Effect of inulin-type fructans on blood lipid profile and glucose level: a systematic review and meta-analysis of randomized controlled trials.ur J Clin Nutr. 2017 Jan;71(1):9-20.
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